地方公聴会 農協法「改正」案に批判噴出 2015年6月8日 農林水産委員会
投稿日:2015年06月09日

189-衆-農林水産委員会-15号 平成27年06月09日

○斉藤(和)委員 日本共産党の斉藤和子です。
 本日は、参考人の皆様、本当に貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。また、質問の時間をいただきましたことを本当に感謝申し上げます。私が最後の質問者になりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 まず、三森さんの方から御質問させていただければと思うんです。
 国の方は今、所得の倍増とか農業を成長産業にということをきっかけに、農業改革が必要だということでやられているんですけれども、御自身も農家の出身で、お母様の苦労も見ていらっしゃった中で、やはりそれでも農業を継ごうと思われたきっかけですとか、あと、先ほど、貧しくても次世代に引き継げる農業をということが話されたと思うんですけれども、そのことにとって今何が一番必要だというふうにお感じになっているか、お聞かせいただければと思います。

○三森かおり君 私は、実は、日本農業法人協会では農の公益機能ワーキングというものを立ち上げていて、これは何ぞやというと、農業は私たち農家の収入ではございますが、それだけではなく、国土保全、環境、そして農村では、昔は農業が農村を守ってきたというふうなゆえんもございます。
 私は、実際に農業に携わっている中では、二年間、東京にも行ってまいりましたし、幼いころから母の後ろ姿を見て、農業こそが生命を支える産業だと思っております。工業では御飯は食べられません。なので、私は、この生命を支える産業、例えば花卉ですと、食べるものではないとはいえ、情操教育とか、そういったものもあると思います。農村では、昔からいろいろな歴史、文化が育ってきたはずだと思います。
 こういった中で、私は、何度も言うように、今なくなっているのは、TPPもやってくる中で、先ほど申されたスイスは、実は国境を農業者が守っております。こういった中で、私たち日本の農業従事者もきちんと、生命を支える産業ということをもう一度自分たちも自負しながら、国土というものも理解しながら、農業に携わっていくべきだというふうに思っております。
 なので、国民の理解、私は、基本的には、今、都市農村交流ということも進めております。ぜひ、先生方を初め、山梨に来ていただく方々を多く迎え、その地域が潤う仕組みということが、農村が生きていく、都会の人たちに支えていただく、または国民に理解して支えていただく仕組みを、今後、私たち農業者または地域の農協、それぞれの県を初めいろいろな行政も携わって、一貫してやっていくことが全てではないかというふうには思っております。
 以上です。

○斉藤(和)委員 ありがとうございます。
 それでは、小池組合長さん、そして仲澤常務にお聞きしたいんですけれども、今回の改革の中で役員要件が変わります。原則として、その過半を認定農業者もしくは農産物販売、経営のプロとするというふうに書かれているわけですけれども、私は、これは農協の本来の自治という点からも大きな改変だと思っているんですけれども、これによってどんな弊害があるとお感じになっていらっしゃるか、お聞かせいただければと思うんです。弊害だけではなくても結構です。

○仲澤秀美君 一番の弊害は、それぞれのお立場から役員として出てこられた方々が、まず、協同組合、JA、そういったものを御理解してからの御采配を振るっていただきたいという点でございます。
 それぞれのお立場から第一線を回してきた皆様方でいらっしゃいますから、非常に御見識も高い方々が入ってくると思われます。経営のプロが入ってきたとしても、その経営のプロが歩んでいた、例えばそれが株式会社であったとしたら、その株式会社と同じやり方が通用しない、独特な組織なんだということをまず御理解していただいた上で、その能力を発揮していただければと思うところでございます。
 また、認定農業者の皆様方、その皆様方が出てきてくださることも非常にありがたいことだと思います。農業を守る、農地を守る、そういう共通の部分は揺るがしがたいものだと思います。
 ただ、一つ言えば、農協というところは、たった一人の生産者も護送船団的に連れていかねばならない。モーターボートで素早く先に行ってしまったとしても、その人たちにJAが歩みを寄せてしまうことはできない。その部分の総体的なところをどう御理解いただけるのだろう。少し狭い世界の中で論じることが偏ると全体像が見えなくなるのかなと、その部分に関しては非常に心配するところです。
 ただ、既に私どもの役員にもこの方向性は理事会等で説明をし、後々にはその方向性になる旨はお伝えはしてございます。特にそこで反対の声は立ちませんでした。それはやはり、その案に対して少なからずいい方向性であるというそのお気持ちのあらわれかとも思っております。
 ただ、そちらの皆様方が現場に入られたときに、そこの部分だけは心配でございますので、独特な協同組合という組織のあり方をまず御理解いただきたいというのはお願いをしたいところでございます。

○小池通義君 認定農業者については、最前線の市町村においてその認定農業者をどういう形で認定しているかということが、恐らく霞が関の人もわかっていないんじゃないかと思う。
 これは後追いにできるんですよ。ですから、市町村長の任命ですから、必要であれば認定農業者は取れるわけですから、そういうふうに考えると、そんなに問題は逆にないかもしれませんが、そういう形で、本当の認定農業者としてそこに存在する方じゃなくて、それもできちゃう。
 それから、今、NPOですか、そういった関係の皆さんが来るというのは、その人たちが果たして農協を現在利用しているかどうか。利用されているなら農協の理解もあると思いますが、全然利用していない方がそこへ選ばれてきた場合は、今、仲澤常務が言われたように、これは株式会社と農協では絶対なじみません。その辺もしっかりと選出に当たっての基準を決めていただかないと混乱をするもとになってしまうのではないか、そんなように思います。

○斉藤(和)委員 これは、三森さんは先ほどお聞きしたんですけれども、同じ質問なんですが、今、農協改革をする上で、農業、農村の所得倍増、農業の成長産業化ということが言われて農協改革だというふうになっているんですが、このことについて、三森さんは先ほどありましたけれども、三人の方々は、どのように今の現状と、目標とされているものに対する思いというか、どのように感じていらっしゃるか、お聞かせいただければと思います。深沢さん。

○深沢敏彦君 そうあってほしいのは当たり前のことなんですけれども、特に私の身近なところでいいますと、桃とかブドウとかというものは、正直、なくても何も誰も困らないものであります。主食のお米とか、あるいは卵だとか肉だとかというものだと、なければならない。ですから、そういうふうな意味では、なくても困らない、誰も困らないんだけれども、なければ我々が困る。
 ただ、今圧倒的に私を含めて果樹農業者が欠けているのは、マーケティングの心構えだと思います。消費者が本当に求めているものは何だろうかというところが圧倒的に欠けておる。結局、川上発想で、流せば何とかなるだろうと。そこのところを農協がとりあえずは全部引き受けて、市場までは持っていってくれる。そうすると、余り考えていないから、値段は結局安値安定になってしまって、何でもっと収入が上がらないんだ、一個が水よりも安い桃やブドウになってしまうんだというふうな話になるので、そこのところをもう一度生産者自身も考えなければいけないところではないかな。いわゆるディマンド発想が農業にも必要じゃないかなというふうには思っております。
 それを、長くなって済みません。先ほどからお話がありますように、誰か、学者がとかじゃなくて、やはり我々の一番身近にある農協でそういうふうな指導をそれぞれの農家に、あるいは集団でしていただけると、栽培意識は変わるし、向上するし、きっといいものができれば所得はふえていくだろうというふうに信じています。

○仲澤秀美君 今おっしゃられたこととほとんど同じなのでございますが、いわゆるプロダクトアウトからマーケットインへと。今までの生産者もJAも、生産者がつくって集まってきたものを売ろうとする。その売るに当たって、JAは、消費者ニーズといって何を聞いてきたか。流通のニーズを消費者ニーズだと勘違いをしてしまった。流通が野菜も果物も全て芸術品のごとくしてしまった。しかし、その流通の向こうの消費者たちは、本当は少し曲がったキュウリを食べたかったかもしれないけれども、自分の手元には真っすぐな、飾っておくに等しいほどのキュウリが届いてくる。そのギャップではないでしょうか。
 ただ、JAの側とすれば、その流通が言うニーズがあたかも消費者ニーズであるかのように伝わってきていたことは確かです。しかしながら、生産者と食べる消費者の接点というものが、流通や情報が発達してきたことによって可能になるのであれば、これからは売れるものをつくるというのが生産者所得を向上することにつながるのではないかと思います。
 それぞれの消費者が生産者の顔を見たがるということが昨今出てまいりました。今度は生産者が、消費者、食べる人を意識しながらつくってもらいたいと思っています。自分の子供に、自分の孫に食べさせる野菜に多くの農薬はかけません。家庭菜園のその向こうに、日本の皆様方のそのお顔を感じながら生産者がつくることができ得たとしたら、それが直結して、生産者所得の向上につながるのではないかと思います。
 日本の国民も、スイスのように、国産農畜産物を手にしながら、私がこの景観を守っている、そんな高い意識のもとに消費者と歩み寄りたいと思っています。

○小池通義君 成長産業という意味がよくわからないんだけれども、資本主義社会の成長産業と、私がきょう述べたように、価値観が違う時代が来る。今、若者が、例えば車も要らない、いろいろ変わってきているんですよね。そして、ある地域へは田園回帰、こういった動きが非常に強い。だから、彼らはそれで満足感があるわけです。そういう意味からいくと、それが一般的な辞書で引くような成長という意味でなくても、心の中で満足感があれば、それもそれでいいと思うんです。
 ただ、今、仲澤さんがちょっと言われたように、私も、いわゆる消費者ニーズでというのは違うんですよ。いわゆる一番おいしいものは、例えば果樹でいえば生産者が知っているんですよ。消費者は与えられたものの中で、その中のいいものをおいしいというニーズをつくっているかもしれませんが、例えば果物で私が私の孫に食べさせるときは、一番おいしいのを上げます。
 だけれども、これは、これから果樹の話でいきますと、成長していくには、本当の完熟品というのは、いわゆる東京の人たちには送れません。やはりここへ来ていただかないと。東京で、どんな一流店でも、銀座の明治屋でも千疋屋でも求められないものは、地元の果樹園にあります。そこに来ていただいて食べていただく。
 これは、観光と農業を結びつけていくことによって、成長産業になるのではないかなという期待を持っているわけですが、それは、もし皆さんも、例えば私のサクランボ園へ来ていただければ、こんなにおいしいのがあったのかというのを食べさせますから。うちにはまた貴陽もございますし、そういったものは、恐らく完熟品というのは食べたことがないと思います。
 そういうものを消費者に届けて、消費者もいろいろな層がありますから、そういう形で、新しい形で成長を見つけていければいいのかなと思っています。

○斉藤(和)委員 ありがとうございます。
 最後の質問になると思うんですが、仲澤常務にお聞きしたいんです。
 全中が単協の自由を奪っていたというよりは、逆に、全中があったからこそ自由な発想で組合員のための農協経営ができたというふうに私は捉えたんですけれども、仲澤さん御自身が規制改革会議の中で資料としてお配りされていたんですが、その中で、高齢化していることが何か農業がマイナスという、だから改革しなきゃいけないというのではなくて、高齢者ではなくて高齢技術者だとおっしゃっている、生産者のつくる喜びと売れる喜びがかなってこそだと。
 先ほども家族農業経営が中心になるだろうとおっしゃっていたんですが、まさにそれを支えていたのが農協ではないのかというふうに思うんです。やはり、農協の自主性といったときに、先ほども自立自興できる改革であってほしいというふうにおっしゃられたんですが、何を一番言いたいというか、御意見があればぜひお聞かせいただきたいんです。

○仲澤秀美君 JA梨北はいろいろな取り組みをしているとよく御評価をいただくのでございますが、実を申し上げますと、余り研修にも出てまいりませんし、先進的な情報というのも入手はいたしません。
 ただ、私どもがこれまでやってきたその根源には、私どもは地域のさまざまな条件を一番知っているJAであると自負をしております。この地域に一番即した地域の活性化を知っているのは、多分それぞれの地域にあるJAだと思います。
 ただ、JAが、ともすれば、生産者のためにと傾注し過ぎるがゆえに、あらゆる守らねばならない基準を超えてしまわないように、全中というものがあるのではないでしょうか。何度か申し上げましたが、法律による規制、さまざまな基準、生産者のことを考えるのはいいんだけれども、ここまで基準は守らなければいけないでしょうと、そこのすみ分けをしてくれているのが全中だと思います。
 全中のその基準を踏まえた中で、その地域のさまざまな要件を一番知っているJAが、自組織のためではなく生産者のために経営判断をすることが、本来、今回のJA改革で求められていることではないでしょうか。自組織が、系統組織が生き延びるためのJA改革ではなく、それぞれの地域の生産者がそれぞれの地域を活性化しながら、それぞれの地域のコミュニティービジネスが生まれてくるようにするのがJA改革だと思っています。
 ただ、最初に申し上げましたが、改革というものは、こうしようと思って実現できるものではございません。日々の仕事の中で疑問を持ち、一つずつ改善していく結果が改革であってほしいと私は思って、これからも続けてまいります。

○斉藤(和)委員 ありがとうございました。
 皆さん方の意見を参考に、本当に日本の農業がしっかりと守られていく、その中での農協の役割がしっかりと守られていく、そういう方向にぜひしていきたいというふうに思っています。
 きょうはありがとうございました。